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<<   作成日時 : 2011/05/25 23:05   >>

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2011.05.25
FP 表ブログ 綺麗な陳列と醜い心



いつからこんなになったのだろうか?

スーパーで陳列されている野菜や魚。

どれをとっても同じ顔、同じ大きさ、同じ色で並べられている。

100円のイワシなら、100円のイワシサイズのイワシが並べられる。

きゅうりは一律まっすぐなきゅうりが並べられている。


でも、自然界のものは大きなイワシもいれば、曲がったきゅうりも育つはずだ。


私たちは、その一定の規定に慣らされている。

それ以外のものを見たとき、避けて買わない。


いや、店頭に並ぶ前に店側で排除されている。


それによって、農家の方々は、大切に作った作物を自家消費するか、捨てているか、

何とか自分達で片づけなければいけない。

大切に育てたものなのに・・・。


もちろん、度が過ぎた鮮度の悪いものであったりすれば別問題だが、

食べられるものまで捨ててしまうようなことであれば、ちょっと問題だ。

しかも、大量販売する側の都合によって排除されるのなら。


店側は言う。

規格外の商品の値段をいちいちつけることができない。

お客様により良い商品を提供するため、規格にあった優良品を販売している。


それは間違えたことではない。

正しい。



でも、あたかも、選択肢はそれしかないように、生産者の方々に規格外だから納品せず、返品します。

という強気の態度はどうだろう?


何とかして販売できる方法はないものか、

お互い様のことで、かつて相対取引したように、値引いたり、値を上げたりして販売する方法はないものか。

生産者の方々に何とかしてお金を回すことはできないものか。



自然と戦いながら作り上げた生産物をみすみす捨てるというのは、

生産者側から言えば、作る気を失ってしまうことになってしまう。

自家消費していればなおさらだ。

食べることができるのに・・・。


私たち消費者も同じこと。

同じ大きさ、同じ形でないと商品として買えないという意識を改めるべきだ。

また、それに自然と慣らされてしまっている現状に気が付くべきだ。


全ての物を自分達で作ったり、自分達で獲ったりするのはできない。

全てを物々交換(自分の働いたことに対して、他人の働いたことを頂く)ということに頼っている。

その有難みを忘れて生活することに心が痛まないか。


綺麗な陳列を見て、醜い心を感じるのは、私だけなんだろうか?

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